親の介護。そして終えて

親の介護が始まり疲れてた矢先に介護blogを発見。辛いのは私一人だけじゃないんだと。誰にも言えない相談できない、愚痴りたい!色んな思いをここで吐き出そう!
そして、親の病状の記録を取っていきたいと思います。


そして永眠後の悲痛な思いからの新たな出発。

後から気づいても。。。

死んでから気づくんだよ。


その人の思い。


その人の心のうち。


その人の気持ち。



いなくなって、初めてわかるんだよ。


その人への思い。


その人への愛。



何もかも遅いんだよ。


死んでしまってからじゃー。


いなくなってしまってからじゃー。




なんで、気づかなかったんだろう?


あんなにも私のことを見ててくれてたなんてー。



何も言わず「湿布、持って帰って貼り。」それだけを言い湿布を渡そうとした父。


その時、私は気づかなかった。


なんでそんなこと言うんやろ?と不思議に思っていた。


そして、父に「お父さん、腰が痛くて貼るのにおいとき。私は家にあるし大丈夫や。」って言ってもらわなかった。



死んで気づいた。


いつも、父の排泄介助のあと、腰を叩いていたのだ。


無意識のうちに。。。


それを父は見ていたのだ。


だから、何度も湿布を持って帰れと言ってくれてたのだ。


なんで、その時気づいて「ありがとう」と言ってあげなかったんだろう。


なんで、その時、父の優しさに気づかなかったんだろう?


なんで?なんで?バカな私。


お父さんの優しさに気づかなかった。


お父さんが、いつも私を見ていてくれてたなんて気づかなかった。


ごめんね、ごめん。


本当にバカ!


いなくなって気づくなんてね。


気づいて泣いても遅いよね。


お父さん、ごめんね。そして、ありがとう。

漠然とした思い

ここ最近、漠然とモヤモヤして中々ブログに向き合えなかった。


母は、回復に向かって今のところ順調だ。


長引く入院のせいか、モヤモヤ渦巻いている。


父の病院通いが終わり1年も経たないうちに、今度は母の病院通い。


とても複雑な思いだ。


未だに同じことを同じようにくるくると走馬灯のように頭のなかを駆け巡り、

同じことを心の中で問いかけ叫び。。。


そして涙する。


なんで死んだん?と。。。


生きるために手術をし、何故1年で死んでしまったのか?と。。。


苦しい思いをし、痛い思いをして手術をしたのに最低でも5年は生きなあかんやん!と。。。


なのになんで?って。。。


やはり、ここだ。


生きるために手術をしたのに1年で死んだ。


そこが、どうしても納得いかないとこで、諦めがつかないとこである。


どうして?どうして?どうして?と。。。


そして、言い知れぬほどの悔しさ、後悔と。。。


簡単に思って簡単に手術を受けさせてしまったことが。。。悔やまれて仕方ない。


生きるためにしたことが、かえって命を縮めてしまったなんて。。。


手術をしていなければ、まだ生きていただろう。


転移はしてたかもしれない。


でも、生きていたに違いない。


何度も肺癌になった時点で初期であろうが終わってると言い聞かせてきたが、

1年しか生きれなかったなら、手術をせずに症状がでるまでの間だけでも、もう少し長く好きに生きていれたのではなかろうか?


そう思えて仕方がない。


だから悔やんで仕方ないし、悔しい。


1年で死ぬぐらいだったら、一層のこと手遅れですって言われた方が、まだ諦めがついた。


初期で見つかって不幸中の幸いと胸を撫で下ろしたが、こんな結末になるくらいなら

末期で見つかった方がまだ諦められたかも?


それはそれで悲しいことかもしれないが、でも何のために?初期で見つかって何で死ぬわけ?


1年で死ぬぐらいなら初期も末期もないやん!って!


そこ!やっぱりそこ!


私が悔しくて悲しくて発狂しそうになるのは、そこの部分が納得できず、諦められないから。


本当に悔しい。


こんなにも早く亡くすなんて。。。


写真を見つめると込み上げてくる悲しさ、寂しさ、悔しさ。


本当に辛い。


いくら思ってみても帰ってこない。


いくら泣いても帰ってこない。


過ぎ去ったことは二度と戻ってこない。


1分1秒、過ぎた景色は戻ってこない。


1分1秒たりとも戻れない。


本当に悲しすぎる。


この思い、この先どう取り扱ったらいいのやら?


お父さん、寂しいよ。


お父さん、会いたいよ。

なんだかな。。。

今週月曜日から酸素も1リットルになり、火曜日あたりから酸素も外れた。


肺の水もなくなり炎症反応も正常に戻ったとのこと。


ただ好酸球の数値が上がって、再びプレドニンを飲まなければならないような感じ。


もう少し様子を見て考えたいとのこと。


大腿骨頭壊死があるので、出来れば使ってほしくはない。


落ち着いていたはずの容態が、じわじわ崩れ初めているのか?


入院もまだかかりそうだ。


不安で仕方がない。


それと裏腹に、毎日の往復車で2時間の道のりの病院通いも疲れ始めた。


行けない日は、週末帰ってくることのある旦那様の食事など、家の用事でバタバタ。


泊まりならまだしも余裕も持てるが、その日帰りのその日の夜にまた出ていくというパターンは疲れる。


半日、食堂のおばさん状態になる。


なので、実質休みなどない。


たまには、ゆっくりなにも考えず引きこもりたい。


でも、行かなきゃ「来ないの?来てくれないの?」の連打のメール。


母も不安になってるみたい。


父と同じ点滴や、酸素、服薬なども同種類のものがいくつか出ている。


年も年だから、父が迎えに来ているとすぐ口にする。


そんなことを聞くたびに、また強迫観念にとらわれ、毎日通いづめになっている。


そして、疲れ始める。。。


なんだかなー。


もっと強い心が欲しい。


ノーと言える勇気、もっと持たなきゃつぶれる。


わかっているけど、言えない自分がいる。


そしてまた、父の病院通いと重なり帰り道苦しくて辛くて寂しくて涙がこぼれる。


父は、本当に何も望まなかった。


ただ、ひたすら黙って1日1日をベットで過ごしていた。


今思うと、もっと我が儘言ってくれててもよかったのにと思う。


母もそうだろうなー。


今は、しんどい、あーもう嫌!なんて思うけど、

いなくなったあと、その事がどれほど愛しいことだったか思い知らされるのだろう。



本当に、人間の生涯とは残酷なものとだと親を亡くしてつくづく思う。


こんなにも辛くて悲しい思いをしなければならないなんて。。。


父の場合は、おそらく特別なのかもしれない。


私にとって。。。