親の介護。そして終えて

親の介護が始まり疲れてた矢先に介護blogを発見。辛いのは私一人だけじゃないんだと。誰にも言えない相談できない、愚痴りたい!色んな思いをここで吐き出そう!
そして、親の病状の記録を取っていきたいと思います。


そして永眠後の悲痛な思いからの新たな出発。

信じがたい現実

未だにお父さんが死んでしまったなんて思えない。


思いたくない。


信じられない。


信じたくない。


受け入れられない。


受け入れたくない。


時間が経つにつれ、病気になって寝たきりになったそんな父の姿が最初は焼き付いていたが、

今は肺癌が見つかる前の父の姿が思い浮かぶ。


いつもの元気でいた父の面影が、脳裏に浮かんで仕方がない。


なんでだろう?


病気になってベッドに横たわっている弱々しい父の顔でなく、

元気だった父の顔を思い出して仕方がない。


時間が経つにつれだ。


病気のことや介護のこと、そんなことがまるでなかったかのように。。。


元気だった生前の父の姿が脳裏に浮かぶ。


離れて暮らしていた、同じ感覚でいるみたいな感じだ。


いつものように実家で母と暮らしている。

そんな感じがー。


だから余計に死んでしまって、いなくなったって感じがしないのだ。


だから余計に悲しくなる。


写真を見れば見るほど悲しくなるし、見れば見るほど死んでしまったなんて思えない。


本当に胸をえぐられる思いだ。


こんな思いを後もう一回しなければならないのかー。


最近の母は、弱々しく優しい。


もう消えてなくなってしまいそうな感じがする。


本当に残された時間があまりないような気がするのだ。


なんでこんな思いをしなくてはならないのだ?


生まれてきた以上は、必ず死を向かえる。


頭ではわかっていても心が納得しない。


親の死を受け入れることは、私にとってとても難しいことで残酷なことである。


こんなにも他の人は、引きずるのだろうか?


私がおかしいのか?




少なくとも妹は、消化できている。



母の病院へ行く途中、桜並木道がある。


何度通っただろう?


意識し始めたのは3年前から。


去年の桜は、父がいなくなって初めての桜だった。


今年で2回目。何となく寂しい。


父が亡くなる前、来年の桜は見れるだろうか?

いや、多分見れないだろうなと考えながら

この桜並木の道を走ったものだ。


やはり、去年の桜は見れなかったね、お父さん。


母と毎年この桜並木を眺めながらスピードを落とし走っていく。


今年も綺麗に咲き誇っていた。


丁度、病院の手前にあるのだ。


その時にスマホで写した。


4月6日、半年ぶりのCT検査。


胃壁外側に3センチ程の腫瘍の経過観察だ。



造影剤は、腎機能がよくないので出来ないし、開腹手術をして細胞診もできない。


なのでこの腫瘍の正体がわからない。



そして13日その結果を聞きに予約診が入っていた。



結果、今回も大きさ変わらずで様子をみることになった。


また6ヶ月後のCTの予約を入れ終った。


変わりがなくほっとした。




父の死を覚悟したときから、やっておきたいことはやっておこうといくつかピックアップした中で、

動物園の園内に桜が沢山咲いているところがあり、

そこへお弁当を作って母を連れて行ってあげたいのだが、

去年は、父が亡くなり行けずに、今年にと思っていたのにまた母の足が原因不明の 偽痛風の症状が再び出てきてまた行けなかった。


来年は、行けるかな?

不幸癖

17才になる年の夏休み以降から、幸せと感じたことが殆どないかもだ。


今、この年になって自分の人生を振り返り、本当に幸せと言えただろうか?とふと疑問に思う。


今までの人生の中で、死んでしまいたいと思った事が2度ある。


1度目は、18才になる年。


2度目は、32才の時。


20才から28才まで結婚していた。


26才から2年間別居生活。


そして2年別居してみても、やはり別れることが出来なかったから家へ帰ろうと思ったが、
時すでに遅し。主人には新しい彼女が出来ていた。


そして別れた。


私が飛び出したのだが、別れられない自分に負けて戻ろうとしたけど遅かった。


愛してたのに別れた。


お陰で15年も引きずった。


でも、そんな私でも縁あって再婚した。


しかしながら夫は殆ど帰ってこない。


所謂、単身赴任ってやつ?


週末婚だったのが、仕事が忙しく?人が辞めていって?休めない?って?


それで月に2度ほど8~10時間ほど家へ寄る程度。


これで幸せと?


一緒に住んでない暮らしてないからお互いの事もあまりよくわからない。


嫌だと言うことを何度言っても忘れてしまう。


身も心も離ればなれ。


独身と一緒だよ。


この先、老後、倒れてても発見されたときには白骨化してるってよく話す。


本当にそうなりそうだ。


本当に幸せと感じた時期があっただろうか?


振り返り自分の人生を。


ただひとつ心に残ってるのは、20才の時、スーパーで何気に買い物をしているとき、
今晩のおかず何しようかな?って頭の中で考えて陳列の食材を眺めながら買い物をしているとき、


「あー、幸せだなぁー。
怖いなー、こんなに幸せと感じるなんて。。。
いつも幸せは長続きしないー。
この幸せがこのままずっと続けばいいのに」ってよく思った。



それと、お昼に職場まで手作りお弁当を届けに行って、会社の前で手渡す瞬間幸せと感じたかな。


でも、幸せはやはり長続きはしなかった。


いつもそう。


『不幸は幸せの後ろをついてくるー』って本当にそう思う。


再婚して、これで寂しくないと思ったけどこれもおお外れ!


そこに父の死。


そして母までも不安定になりつつある。


本当に疲れる。


私の想い描く結婚生活と現実があまりにもかけ離れすぎて
そのギャップと寂しさと苦しみで負の連鎖。


いつも買いまくる物は、使われることが殆どない高級なお鍋や食器。


出されることもなく積み上がっていく段ボール。


最近つくづく嫌になる。