親の介護。そして終えて

親の介護が始まり疲れてた矢先に介護blogを発見。辛いのは私一人だけじゃないんだと。誰にも言えない相談できない、愚痴りたい!色んな思いをここで吐き出そう!
そして、親の病状の記録を取っていきたいと思います。


そして永眠後の悲痛な思いからの新たな出発。

矛盾してる


自分の書いたブログ記事を読み起こしたり、

写真を見たり、

遺品を見たり。。。


その都度、確実に落ち込んでいる。


そして涙。


見るから悲しくなる。


ならば、写真もブログも遺品も皆蓋をして生活の中から取り合えず封印する?


そうすれば、日常生活の中で気が他に向くから少しでも忘れられる?


その時だけでも楽になれる?


かもね。


確かにバタバタしているときは、父のことは、その時だけでも瞬間的になくなっている。


でも、すぐ思い出してというか頭に入ってくるけどね。


封印してしまったほうか、少なくとも楽かもしれない。


でも、できないよなー。そんなこと。


常に感じていたいし。


こんな不安定な中、私はまた別件で人生の岐路に立たされている。


ダブルパンチだ。


弱り目に祟り目てこのことだ!とそう思った。


なんで、うまくいかないんだろう?


うまくいかない時もあるから人生か?


何故、人は相手の気持ちが理解ができないのか?わかってるつもりでもわかるはずがない。


伝えなければ伝わない。


そう思っていたが、そうでもなさそうだ。


伝えても泣きわめいても、わからない人間はわからない。


なぜ?


温度差だな。まさしく。


思いの強さが違うんだよ。


やはり、人は皆自分勝手な生き物なんだよ。


わかってるふりしてわかってない。


わかろうとしてもわからない。


相手を思いやってるつもりでも自分本意なんだよ。


全部、つもり。


わかってるつもり。


理解しているつもり。


思いやってるつもり。


そう思えば相手に対する要求もなくなるか?


いや、そんなんじゃー、心が離れる。


やはり、相手の訴えには、適当に聞くんじゃなく、本気で心の耳で聴くべきた。


出なければ本当に大切なもの、


失うよ。


失って後悔しても遅い。



あなたにとって、一番大事なもの、

なんですか?

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