親の介護。そして終えて

親の介護が始まり疲れてた矢先に介護blogを発見。辛いのは私一人だけじゃないんだと。誰にも言えない相談できない、愚痴りたい!色んな思いをここで吐き出そう!
そして、親の病状の記録を取っていきたいと思います。


そして永眠後の悲痛な思いからの新たな出発。

バラバラ

一杯やりたいことあるのに。。。



片付け、パン作り、お菓子作りにお料理と


色々やりたいことが山のようにあるのに!


なのに一向に何も出来ないでいる。


思いはあっても体が心がついてこない。


思考回路もバラバラ。


私と言う人間のプログラムがショートしてバラバラになったままでいる。


修理をしなけりゃ使い物にならない!


けれど修理に出す暇もない!


思いと思考と体力、感情と理性、どれも一貫性が保ててない!


どれも、バラバラ(;-;)



いったい、いつになれな正常に動きだせるんだろう?


毎日毎日、母の所へ行き晩ごはんを作り一緒に食べて。。。


後片付けをし、母がお風呂に入って寝る寸前までいてる私。


それから帰宅してお花に水やりして、わんこにご飯あげて。。。


洗濯して、お風呂に入って、干して、歯磨きして、髪の毛乾かして。。。


ごそごそしてて、スマホのチェックしてゲームして。。。


寝るのは朝方だ。。。


ゲーム。(スマホの)

唯一、してるときが無になれるとき。


頭空っぽでいられるとき。



何をやってんだか。。。



何となく微妙に壊れていく自分が見える。


半年近くになりかけてるのに、一向に父への思いは枯れることもなく。


生前の父の姿や会話、声、脳裏に焼き付いている記憶が甦る度に泣けてくる。


確実にいなくなってしまった父を追い求めている。


無念さがそうさすのか?


でも、写真を見たとき何故か距離を感じ始めている。


今にも飛び出てきそうなリアルな感触が、今は写真として見れている。


こうやって時の経過と共に薄れていくのだろうか?

いや。受け入れていってしまうのだろうか?


死というものを。。。


何だか微妙で複雑。



でも、父のいない毎日は強烈に苦しくて辛い。





病院のベットでいつも寝ていた。


私達が来るのを待っていたんだろうか?


10月28日に再び入院してから、命の炎は消えかけていたのだ。


年単位でなかった。


月単位だった。



まるで、末期の癌患者みたいに。。。


肺炎。不整脈。術後の合併症だな多分。


これで、命を落とすとは。。。




一緒に過ごせる時間がわずかしか残っていなかったと言うのに、


もっと長く病院にいてればよかった。


もっと色んな話をすればよかった。


もっと色んなことを聞けばよかった。


お父さんは、病院のベッドの上で死ぬのを待ったされていたんだ。きっとー。


結果的にそうなった。


お父さんは、数ヶ月しか残っていない人生の時間を病院のベッド上で過ごしていたんだ。


なんてバカな私!


そんな大切な貴重な父との共有できる時間を見過ごしていたなんてー!


まだその時は、そこにお父さんがいたんだ!


お父さんは、そこで待っててくれてたんだよ!



なのにー。


夕方から3時間から3時間半ほどしかいてなかった。


お父さんが、そこにいてくれてたのに!


ごめんよ。お父さん。


無駄にしてしまったよ。


お父さんとの時間ー。


折角、そこに居てくれてたのに。。。


なのに今は、どこを探してもいないー。

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