親の介護、そして終えて。

親の介護→看とり→そして終えて。

親の介護が始まり疲れてた矢先に介護blogを発見。辛いのは私一人だけじゃないんだと。誰にも言えない相談できない、愚痴りたい!色んな思いをここで吐き出そう!
そして、親の病状の記録を取っていきたいと思います。


そして永眠後の悲痛な思いからの新たな出発。

消えた・・・

お母さん、消えた・・・


いつも一緒に居ることがー、


いつもとなりに居てることがー、


当たり前になっていた。


当たり前に慣れすぎて、一緒に居てることが当然と気づかぬうちに根付いていた。


父の時にも痛いほど学習したのに。


なのに当たり前になっていた。


父の時も同じことを言った。


「失くしてわかるものの大切さ。」


居なくなって改めて再認識させられる。


大切な存在。


どれ程、無意識の間に支えられていたのだろうか?


居てるだけで心の平安。


居てくれてるだけで幸せ。


居なくなってあたふたうろたえて。


解約した携帯電話、家の電話に電話する。


母の笑ってる写真がスマホの画面に写し出され、コールは鳴るけど直ぐ様NTTのガイダンス。


『現在使われておりません・・・』


離れてる時は毎日かけてた電話なのに。


いつもなら「はい。」て出るのに。


『現在使われておりません。』ってー。


嘘だ嘘だと打ち消しながら、やっぱり居なくなったんだーと。


そしてポロリと涙がこぼれる。


居てることが当たり前になってた私には、あまりにもきつい現実だ。


どれだけ泣いて、どれだけ望んで祈ってみても絶対叶わぬ願い。


会いたい会いたい、抱き締めたい。


一杯謝って、一杯一杯優しくして、一杯一杯ご馳走作って。


沢山話を聞いてあげたい。


しんどい時は、文句を一杯言いながら食事の用意をしていた私。


最低な私。


生きてるときに私の放した言葉にどれだけ母は、傷ついただろう?


悲しんでただろう?


それが申し訳なく思い悲しくなる。


どれだけ謝っても届かない。


生きてるときは、頭でわかってたつもりだったけど、

全くわかっていなった。


居てくれてることの有り難さ。


居なくなってから思い知る底抜けのバカな私。


お母さん、本当にバカだよね私。


一緒に居てるときにもっとこの事に気づいて、もっとお母さんを大切にしておけばよかったよ。


ごめんね、お母さん。

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