親の介護、そして終えて。

親の介護→看とり→そして終えて。

親の介護が始まり疲れてた矢先に介護blogを発見。辛いのは私一人だけじゃないんだと。誰にも言えない相談できない、愚痴りたい!色んな思いをここで吐き出そう!
そして、親の病状の記録を取っていきたいと思います。


そして永眠後の悲痛な思いからの新たな出発。

無念だっただろうな。。。

お父さん、手術なんてしなきゃ良かったって思ってるだろうな。。。


何度も独り言、言ってたよね。


「80過ぎた体にメス入れてもなー」って。


何となく聞き流してたけど、


それって、迷ってたんだね。手術するの。


危険と察知してたんだね。


聞いてあげればよかったね。


ごめんよ。


今更、言ってももう遅いよね。


その時は、何言うてるねん?って思い聞き流してた。


『メス入れるも何も、そのままほってたら転移して死ぬねんで?

手術して癌細胞取らなどないするん?』って心の中で言ってた私。


だから、父の意見など聞くこともせず医者と私とでさっさと決めた。


その結果、365+7日でこの世を去った。


何度も何度も言うがこれが私の最大限のミスでネックになっている。


身動き取れなくて苦しんでいる。


その時、関わった医者3人に聞きたい!


呼吸器内科の先生。

呼吸器外科の先生。

最後に戻った掛かり付けの病院の循環器科の先生。


なんで死ぬの?って!


なんで手術して肺が徐々に白くなって最後には両肺真っ白になったの?って!


なんで、最後呼吸できなくなりかけてるのにそのまま放置になるの?って!


なんで?なんで?なんで?


なんで、初期の癌で取って治完レベルなのに死ぬの?って!


なんで、死ぬのに手術したん?って!


聞けたらどれだけ納得できて少しは府に落ちて救われるだろう?って。。。


どれだけ聞いても父は生き返ってこないのに。。。



でも、聞きたい。


死ぬ一年前まで普通に元気に生活してて。。。


なのにたった1年で死ぬ羽目になるなんて。。。


毎日毎日、おんなじことを自問自答して。


毎日毎日、お父さん、お父さんって呼んで。


毎日毎日、なんで死ぬん?って独り言ばかり言って。


毎日毎日、写真を見ると涙が出て。


毎日毎日、まだ追いかけてる。



親が死ぬことは前もってわかってることだから、遺伝子レベルに埋め込まれてるから

配偶者と死別するより立ち直りが早いと何かのサイトで読んだことがあるけど。


そんなことない。


一概には言えないよ!


わかっていても諦められない!


受け入れられない!


私がおかしいのか?


こんなに執着するのは?


本当に耐えられないぐらいきついんだよ。


33年間、距離がありふたりでいるなんて息が詰まりそうで、何を話していいかわからない、

どう接していいかもわからない。


そんな関係で寂しかったんだろうね。私。


辛かったんだろうね。私。


悲しかったんだろうね。私。


だから余計に病気になって介護をするようになってからお父さんが素直に接してくれるようになって、

距離が一気に縮まって。


体にも触れられるようになって。


それまでは、触れることすらできなかったのに。


だから、余計に悲しいんだろうね。私。


だから、余計に辛いんだろうね。私。


だから、余計に寂しいんだろうね。私。


お父さんが死んでしまって。。。



こめんね、お父さん。


もう一度、触れたいお父さんに!

最近よく思うこと

初めは、母が心筋梗塞で倒れたのが親の介護の始まりだった。


ここでも何度か記載しているが、母も救急車で運ばれ、

カテーテル、ステントを入れその後、医者に言われた言葉が「48時間が勝負です。」と。 


え?48時間何もなければ助かるけど、合併症でたら死ぬかも?って?


そんなスタートだった。


幸い何事もなかったが、予後が悪く色んな副作用で足の指先は壊死し、

切断手前までいき、その後はプレドニン大量、長期服用で大腿骨頭壊死で足が不十になった。


そして、腰も腰椎狭窄の上に圧迫骨折をして、もうボロボロ( >Д<;)


動脈硬化も重度で、何年か前にいつ死んでもおかしくないとまで言われてる。


そんな矢先に父が肺癌で。。。


幸いにも初期で1aだよ!


左上葉切除で癌はさよならできて一安心と思ったのもつかの間。


術後3日目から心不全という合併症を起こし、そこからが転落の始まりだった。


そして術後365+8日でこの世を去った。


手術する前にあれだけ聞いたのにね!


先生に!


肺気腫重度と高齢者、本当に手術しても大丈夫なのか?とね!


大丈夫って言うから手術を受けさしたのにね!


1年で死ぬか?


ここ重要!!!!!!


私は、ここから歩けだせない!


可哀想なことをしてしまった。


手術を受けなければ、まだ生きてた!


絶対に!


そう思えるといてもたってもいられない!


普通の親の死じゃないんだよ。私にとって。


私が殺したようなものだから、余計に苦しみ執着して歩けだせないんだろな。


死んだことより、私の選択ミスにより死なせてしまった。ということが私を苦しめてる源なんだろうなー。


私がお父さんの寿命を縮めてしまったんだよ。



そんな経緯で父を亡くし強烈な苦痛、寂しさ、悲しみの渦に飲まれて日々暮らしている。


まだまだ傷は癒えないどころか憂うつで鬱陶しいオーラにまとわりつかれて、おかしくなりそうだ。


そんな傷が癒えぬ間に母の心配だ。


最近、母の様子が変だ。


とてもしんどそうで生気がない。


目もうつろ。


晩ごはんを作りに行って、一緒に食べて後片付けをして。後はお風呂に入って寝るだけの状態までいて帰る。


この中に要観察も入ってるけどね。


そんな感じの中でふっと思うこと。


これで母まで死んでしまったらどうしよ?


たまらない!


それだけは、避けたい!


まだダメ!


今、死なれると私は、絶対に壊れる!


父の死が癒えぬ間に死なれたら、私は生きる自信がない!


ひとりぼっちになっちゃう。


嫌だ。まだ嫌だ。


そんなことを最近よく思う。


怖い。


どうか、このまま母の容態も安定して長生きしてくれますように!


父だけで十分だ!こんな思いをするのは!

最愛の家族

この世で一番、悲しくて辛いことは

最愛の人を亡くすこと。




この世で一番、幸せなことは最愛の人の側に居れること。




そして。その最愛の人に触れれること。




この世で一番幸せなことは、最愛の人が生きていてくれること。




いなくなったら、触れることも話すことも出来ない。



私には最早、父の写真と遺骨しか触れることができない。



この距離が、とてつもなく苦しみと悲しみのどん底だ。



写真を見るたびに涙が止まらない。


生きていた頃の写真が強烈に胸を締め付ける、



見ない方がいいと思ったりするが、見たい!


傷口に塩を刷り込むみたいなものだ。


生きてる間、もう二度と会えないと思うと大声で泣きたくなる。


いや、泣いている。