親の介護。そして終えて

親の介護が始まり疲れてた矢先に介護blogを発見。辛いのは私一人だけじゃないんだと。誰にも言えない相談できない、愚痴りたい!色んな思いをここで吐き出そう!
そして、親の病状の記録を取っていきたいと思います。


そして永眠後の悲痛な思いからの新たな出発。

思い

お父さんの病院へ行かなきゃ!


って、思う。


あー、でももういないんだ。。。って


でも、まだ病院へ行ったらいてるような気がする。


まだ信じられない。


いなくなって気づかされた。


こんなにも深く愛してたなんて。。。


父親の愛情なんてあまり知らずに育った気がしてたけど、この一年で沢山の愛情を注いでいてくれてた気がする。


いつも私の顔色を伺ってた気がする。


病院が暑くていつも汗だくになって排泄介助していた。


真冬も半袖Tシャツ1枚だった。


時には疲れてて、時にはご飯いらんいらんと言われ人の気持ちもわからないでと苛立ち、

そんな時の私の態度はご機嫌逆立ち丸出しで。。。


そんな不機嫌な顔を心配そうに見ていた気がする。


今思えば悪いことをしたなーと反省。


もっと優しくしてあげとけばよかったとー。


もっと、手を握って元気付けたり色んな話をしたりしとけばよかったとー。


もっと、病院にいる時間を増やしとけばよかったとー。


あの日、最後のお別れになる日、もっと早く行っとけばよかったとー。


後になって後悔だけが胸に込み上げてくる。


もっと、もっとってー。


お父さんは、最後の日、どんな思いでいたんだろう?


とんな気持ちでひとりでいたんだろう?


寂しかっただろうー。

辛かっただろうー。

心細かっただろうー。

怖かっただろうー。


色んな思いが込み上げる。


意識はなかったと思われるが看取れたことが何より救いだ。


一人で逝かせなかったことが唯一救われる。


手を握って息を引き取った。


父親の死がこんなにも辛く、こんなにも計り知れないほどの深い深い悲しみ、こんなにも苦しいものだとは生前から予期していたが、

かなりのものだ。


時間が解決してくれるだろうが、いつになるのかな?


歩き出せないし歩きだす気も最早ない。


親友が亡くなったときもそうだった。


脱け殻のように1年さ迷った。


1年間、自暴自棄になってた。


喪失感と人間の命と言うものを思い知らされてー。


これからが長いトンネルの中を通っていかなきゃならない。


でもいつかは抜けれるはず。


抜けれないトンネルはない。と自己啓発で学んだもの。


これからは少しづつ、自分で自分をケアしていこう。


傷ついた心にバンドエード。


傷ついた自分を抱きしめよう。


泣き崩れる自分を慰めよう。


そして大事に愛してあげよう。





[追記]


沢山のコメント有り難うございました。

個々に返すほど、まだ心の余裕がありません。


励まされ癒されてますよ。


本当にありがとー。

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