親の介護。そして終えて

親の介護が始まり疲れてた矢先に介護blogを発見。辛いのは私一人だけじゃないんだと。誰にも言えない相談できない、愚痴りたい!色んな思いをここで吐き出そう!
そして、親の病状の記録を取っていきたいと思います。


そして永眠後の悲痛な思いからの新たな出発。

なんで?

17才の夏休みにあることが起こった。


それは、私の人生を大きく変えることになるとは、子供だった私は知るすべもなかった。


それを期に父とは絶縁状態になった。


大きくそびえ立つ分厚い壁。


そして確執。


何十年もかけてもびくともしなかった父と娘の壁。


私は長く父を憎んだ。


そして恨んだ。


大嫌いだった。


早く死ねばいいのにとさえ思って生きてきた。


そんな自分が不幸で悲しくてー。


その他、色々あって知人の勧めで自己啓発のセミナーへ参加した。十何年も前の話だ。


色んな実習の中、父への憎しみは和らいだ。


それでも、父が死んでも涙すら出ないだろうと思っていた。


棺の中の父を見たときに、やっと長い戦いは終わった。これで私は呪文のようにぐるぐる巻きにされていた心が解き放され、自由になれる時がきたと安堵すると想像していた。



なのにー。


この1年ちょっとで、そんな何十年も構築されてきた計り知れない大きな岩は、見る見る間に崩れていった。


この1年と10日、そんなことすら微塵も感じることなく、父への介護を続けてきた。


あんなに偉そうで、肩で風を切る、常に大きく見せ、強い、嫌みの塊のような父が、哀れにも弱々しく、何もできなくなり、排泄すら人に介助をしてもらわなければならなくなった。


だから哀れに思い同情しているのか?


あれだけ苦手だった父なのに。


あれだけ嫌った父だったのに。


絶対に死んでも涙など出ないだろうと思っていたのに。


なのになんで?なんで?なんでこんなに深い深い悲しみがー。


どれだけの涙を流したことか。


なんでこんなにも苦しむのだろうか?


愛しくて愛しくてたまらない。


病気になる前の父と病に倒れた父とでは180度変わった。


いや、多分病気をしてからの父の方が素顔の父なんだろうとも思う。


父の日や誕生日に何かをプレゼントしても喜んでもらったことはない。


常に嫌み。


「金もないのに、こんなもん買ってこんでもええんじゃ!あほちゃうか!」ってね。


確かに口は悪いよ!


憎まれ口たたくは、嫌み言うは、本当に憎たらしかった!


でも、義理人情に厚く涙もろい、律儀なところは知っていた。


ところが、病気をして入院生活するようになってからは違った。


去年の父の日のプレゼントに腕時計を贈ったときは、すごく嬉しそうな顔をして、まるで子供みたいに包装紙を開けてくれた。


その後も認知が入りかけてたので妹が冗談半分で、「この時計どないしたん?」って聞くと

「父の日のプレゼント」ってニコニコしながら嬉しそうに答えてくれた。


初めて素直に喜んでくれた父が可愛く思えた。


常に「大丈夫?」「お買いもの行って好きなもの買っておいで」「気をつけて帰りよ」


常に介助をしていると汗だくになるので「暑くないか?暑かったら窓開けよ」って冬でも優しく声がけしてくれた父。


この1年の父は、本当に優しかった。


純粋無垢で素直な少年のようだった。


私にとって、この1年が全てのように感じる。


それまでの何十年間は無に等しい。


自分でも戸惑ってる。


この1年ちょっとで、こんなにも心情が変わるなんて。


こんなにも深く悲しみ、深く苦しむとは1年ちょっと前まで思わなかった。


お父さん。もっと関わりあいたかったよ。


せっかく仲良くなれたのにー。

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