親の介護。そして終えて

親の介護が始まり疲れてた矢先に介護blogを発見。辛いのは私一人だけじゃないんだと。誰にも言えない相談できない、愚痴りたい!色んな思いをここで吐き出そう!
そして、親の病状の記録を取っていきたいと思います。


そして永眠後の悲痛な思いからの新たな出発。

疲れた

何日か前に父の動画を再生した。


妹が入院中にスマホで撮っていた。


生きてる。確かに生きてる。


喋ってる。


動いている。


確かに生きている。


なのに何故?


何故いない?


動画の中の父はしんどそうだが、しっかり生きている。


何度も何度も再生して泣いた。


久しぶりに会った気分になった。


でも、もうこの世にいないんだよ。


いくら探してみても。


どこにも。。。


動画や写真を見て、まだどこかで生きてる気がしてならない。


この世に存在しないなんて信じられない。


毎日毎日、心の中で何度「お父さん、お父さん」と呼んでるだろう?


手術をしていなければ、まだ生きていた。


「80を過ぎた体にメスをいれてもなー」と手術を躊躇していた父。


それに対して「取らんかったら死んでまうで!」と返した私。


父はそれで手術をすることに腹を決めたはずだ。


取らなきゃ死んでしまう!と言ってしまった私の言葉で手術した父。


取らなきゃ死んでしまう?取っても死んだやん。


ならしんどい痛い目をさせずに、自分らしく1日でも長く行きたいほうがよかったよね。


ごめん。



何度も言うが、これが引きずる要因。


尚、苦しむ要因。


私が父の寿命を短くしてしまった。


今ならさせてない!


しないという選択肢もあるのだ。


高齢になると体が手術に耐えれないことのほうが多いだろう。


だから、しないほうがいいこともある。


父の死を経験してその引き出しができた。


だから、母も手術の必要性が出来ても恐らくさせないだろう。


もっと早くにわかっていたら、父の手術もさせなかったかもしれない。



でも、どちらが正解なのか?


手術をして弱って死んでしまうのと、手術をせず、全身転移して苦しんで死んでいくのと。。。


例えそこまでいくまで1日でも長く五体満足で生活を送れるのとー。


いつも自問自答をしてしまう。


私の選択は正しかったのか?と。


やり場のない思いが常に心の中で交差する。


もう1年と2ヶ月近くが経とうとするのにー。

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